『こんぴら狗』あらすじと読書感想文の書き方例文2例 


こちらでは、2018年の「第64回 青少年読書感想文全国コンクール」)小学校高学年の部の課題図書
『こんぴら狗(いぬ)』の「あらすじ」と書き方のポイントをご紹介いたします。


『こんぴら狗』(くもん出版)
著者:今井恭子・作 いぬんこ・画
342ページ
本体価格:1,500円
ISBN978-4-7743-2707-5

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『こんぴら狗』簡単あらすじとオススメ度
『こんぴら狗』のあらすじ(ネタバレ注意)
『こんぴら狗』の読書感想文書き方・例文2例とポイント

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『こんぴら狗』簡単あらすじとオススメ度

作品概要
犬が一匹で、江戸から讃岐(さぬき=四国の香川県)の金毘羅(こんぴら)様にお参りに!?
江戸時代、伊勢参りや金毘羅参りは庶民の憧れ。でも自分はなかなか旅には出られないから、代わりに飼っている犬にお参りに行かせる。そんな、今では信じられないユニークな風習がありました。中でも讃岐の金毘羅まで、代理でお参りにいく犬のことを「こんぴら狗」といいます。本作はその「こんぴら狗」を題材に描かれました。

主人公は雑種犬のムツキ。捨てられ、弱りはてていたところを拾ってくれたのが、飼い主の弥生。でも、今度は弥生が病気でふせってしまいます。弥生の治癒祈願のため、ムツキは「こんぴら狗」として、江戸から金毘羅参りに向かうことになります。まずは京都まで、ムツキをかわいがってくれている瀬戸物問屋のご隠居と一緒に向かいますが…。
波乱に満ちたムツキの旅と、道中での出会いと別れ。ムツキの旅を応援し、ムツキの金毘羅参りにささやかな祈りを託す人々の温かさを描き出します。

装画・挿絵は、レトロポップな画風で知られるいぬんこさん。江戸時代の庶民たちを生き生きと描きます。3年にわたる取材を経て書きあげられた、こだわりの本格歴史犬小説。

内容(「BOOK」データベースより)
飼い主・弥生の病気が治るようお祈りするため、ムツキは、江戸から讃岐の金毘羅さんまでお参りに出された。京都までは、知り合いのご隠居さんといっしょに旅ができるはずだったが…。ムツキの、往復340里(約1340km)にもおよぶ旅路と、道中での出会いや別れをえがく。「こんぴら狗」というかつて実在した風習をもとにした、江戸時代の歴史物語。

読みやすさ★★★★★
感想文の書きやすさ★★★★☆

こんな人におすすめ
・動物が好き
・体が弱い、病気がち、大病をした経験がある
・願い事がある
・歴史が好き
・旅行が好き
・神社が好き

『こんぴら狗』…願い事に秘められた優しさに感涙!課題図書 おすすめNo.1

舞台は江戸時代後期の文政三年。いまから二百年くらい昔、世の中が安定した時代に旅は庶民のあこがれだった。
徳川幕府は神社参詣の旅しか許さなかったので、それを名目に人々はあちこち観光して楽しんだのだ。
だが現在と違うのは、旅はほぼ徒歩でいくもの。交通手段は駕籠か、船や馬というけして乗り心地も悪く、現代の乗り物よりもずっと進むのは遅い。
山賊や天候不良などで、けして安全ではなく、命がけなのが当時の旅行で大冒険なのだ。

金毘羅参りの代参として飼い主弥生の快方祈願に飼い犬のムツキを「こんぴら狗」として旅立たせることにする。
どうして愛犬一匹を、死ぬかもしれない旅に出すのか?
それはこの当時の信仰心が、現代よりも医学や化学が発達していないため「神に頼るしかない」という深い思いから来ていました。
またムツキに同行する人たちや、ムツキと触れ合う人たちも、ムツキが無事金毘羅参りをはたせるよう、目的地へたどり着けるように手助けするのです。
こんぴら狗の世話をする事で自分の願いも届けてもらいたいという思いや、珍しいこんぴら狗を出すほどの飼い主の願い(辛さ、苦しみ、悲しみ)に、人々が無事代参を成し遂げさせてやりたいとムツキを応援するのです。

もちろん優しい人ばかりじゃありません、アクシデントもあり、ムツキは辛い思いをする事がたくさんあります。
ですが、人の情により、何もわからず旅を続ける健気なムツキと、ムツキを応援する人々の人生や優しさに触れると「祈るとはなんて優しくて美しい感情なのだろう」と感激することでしょう。

読むと必ずムツキのがんばりを応援したくなり、黄色い装丁の本書をムツキのように抱きしめたくなるような一冊です。
  

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『こんぴら狗』のあらすじ(ネタバレ注意)

第一章 捨て犬 文政三年(一八二〇年)一月十一日
江戸瀬戸物町の線香問屋「郁香堂」の娘・弥生(一二歳)は明るく快活なおてんば娘だ。
ある日、弥生はお稲荷さんのわきで生まれたての子犬六匹を見つける。唯一生きていた一匹をなんとか助けようと、お客様の美陶園のご隠居の目の前で父親に捨て犬を飼うのを認めさせる。ムツキと名付けられた子犬はころころした子犬に育ち郁香堂の飼い犬になった。

第二章 病つづきの家 文政六年(一八二三年)六月
弥生は一六歳、ムツキはたくましい成犬に育った。弥生は四つ年上の手代・幸吉を互いに目で追ってしまう、恋よりもあわい思いを抱くような日常だった。
ある日、上方(京都・大阪方面)堺の線香問屋で修行中の兄の盛三郎が病気で帰ってきた。様態は悪く、母・亜矢と弥生で看病にあたった。
兄が床を起き上がれた日に、はじめてムツキを兄に見せると「ムツキがいるなら、おまえはさびしくないな」と言われ弥生は言葉を失ってしまう。翌朝暗いうちからムツキが、遠ぼえをし弥生は兄を見に行くと、息を引き取るところだった。

跡取りは弥生のみとなり、覚悟を決め家業を覚えていく事になった。
ところが、文政七年(一八二四年)一月末、弥生は風邪をひいてから寝込むようになった。両親は気が気ではなくお稲荷さんにお参りする日々。亜矢がもっと霊験あらたかな神社におすがりしたほうが…をきっかけに平左衛門と番頭の三人でいいあっているところへ、美陶園のご隠居が「ムツキを旅に…こんぴら狗(いぬ)ですよ」と金毘羅参りをすすめた。 
当時の人の夢、金毘羅参りはあまりに長旅なので飼い犬を代参させるのがこんぴら狗だった。旅の途中、信仰の熱い旅先の人々もこんぴら狗のご利益を信じ、良くしてくれる。途中の京都まではご隠居が同行するといい、両親はなんとなく説き伏せられてしまう。

第三章 旅立ち 文政七年(一八二四年)四月八日
ムツキがこんぴら狗として旅立つ日、ご隠居の見送りに来た息子夫婦に番頭は伴(とも)をつけたがらないご隠居にしぶい顔。
弥生の快方祈願の旅なので平左衛門夫婦は神妙な顔つきになる。
弥生はムツキをこんぴら狗に出すことを食事が喉を通らないほど悔やんだ。平左衛門は「恐らく、戻らなかった犬はたくさんいる。ムツキのような甘やかされて育った犬には到底無理」との言葉にムツキをバカにされた気がして勢いで代参に出すことにしたしたのだ。ムツキには「こんぴら参り」と「江戸瀬戸物町 郁香堂飼い犬」書いた木の札と初穂料とエサ代を入れた黄色い銭袋を首からさげてやった。
ムツキはわけも分からずご隠居に綱で連れ出されいやいや歩いて行かれ、品川の旅籠では気疲れしていた。

第四章 東海道へ 四月九日
ご隠居は最後まで旅に出るのを渋る息子夫婦たちに品川宿まで見送られ、家族と別れた。
川崎宿でもう大丈夫だろうと、ムツキの綱をとき一緒に歩くことを覚えた。
箱根の山越えの山駕籠の激しいゆれに疲れ切ったり、通行手形を出す関所では役人はムツキに「先は長い。気をつけて参れ」とふつうそんなこと言わない犬好きの役人もいた。

第五章 別れ 四月二四日
大井川で水かさが増し、三日間川止めをくらっている間にご隠居は息子と弥生に手紙を書いた。
伊勢湾を船で渡るとき大雨と強風にあたり、ご隠居はひどい風邪をひき、なんとか治して旅をつづけたが庄野宿をすぎたあたりで茶を飲んだ時、はげしく咳きこみ胸に痛みを感じた。その夜旅籠の土間でムツキは夜中に遠ぼえをはじめた。
翌日、鈴鹿の峠越えでまた大雨にあたり、やっと峠にたどり着き茶屋で休憩をとるが駕籠を捕まえることもできず、ご隠居はどんどん具合が悪くなる。
ついに咳が止まらず薬も効かず、屋根の付いたお地蔵さんの元で休むが激しい咳で肋骨もおれた。気を失っていたご隠居は寄り添うムツキの暖かさで目が覚めたが、咳が出ないほど胸が縮んだと思った。ご隠居は自分の人生は思い残すことはないが、ムツキのことだけ気がかりを残して息絶えた。ムツキはご隠居に息を吹き込もうとするようになめ続けた。


気になったセリフのページにはふせんをつけよう!
  

第六章 薬売り 四月二九日
ご隠居の亡骸は翌日旅人が見つけ、地元のやる気のない山寺で簡単に埋葬された。住職は暇があったら旅人の国もとに、葬ったむねを書き送ろうかと思った。
ムツキはご隠居の墓から離れず、餌も食べず、悲しみで弱っていた。
寺男はムツキの銭袋から餌代を取りムツキを町の問屋場にあずけられた。
馬子が役人からムツキを水口まで連れて行くように言われたが、弱っているムツキは道端にたおれてしまう。
托鉢の僧がムツキに気づき水と少しのにぎり飯をやり、なんとかついていったが三毛猫をみつけ猛然とかけだしてしまい、僧とはぐれてしまった。

くたびれたムツキは高札場の柵によりかかっていると、ハデな着物の男・孫市が「こんぴら狗が野宿は感心できねぇ…飯、炊いてやっから」と悪いやつでもなさそうなのでついていく事にした。
ニセ薬の行商人の孫市は順調に稼いでいたが2日目にムツキが倒れ動けなくなった。
「つきあってられっか、商売にならねぇ」と一度は立ち去ったがすぐにもどって地団駄を踏み、目の前の百姓家でムツキの看病で六日間世話になることになった。

居心地の良いこの家から昼間行商に出て歩き、夕方に戻る孫市。
口うるさい老婆と無口な息子。六,七歳の孫の男の子はムツキをなで、老婆はしゃにむに食べさせようとした。
男の子は「おじさんがもっと前に来たらよかった、母ちゃん死なずにすんだ」と言われた。孫市は「それよりこんぴら狗に助けたかわりに、かなえてほしい願いはねぇのかい?」と聞くと「ばあちゃんがいつまでも元気で、とうちゃんに笑うてほしい」という。父親は「かあちゃんが死んでから(笑わなくなった)」という男の子が自分の事は願わないんだなと孫市は思った。
快復したムツキと大阪に入りひいきの女オソノの元に行った。孫市は「にせ薬を売るのは、もうやめにすらぁ、ちっとばかしやましいきぶんになっちまった」と二人でイチャつきながら、ムツキを金毘羅出船所につれていった。孫市は船宿の亭主にかけあい「水も飲ましてやってくれ」と立ち去って行った。

第七章 船の旅 五月十三日
金毘羅船は乗客ですしづめの中、ムツキは水主見習いの一三,四歳の少年から、残り飯や乗客から菓子をもらい食べ過ぎて吐いたり、風が止むと船は止まりムツキは狭い船内で落ち着かなかった。
室津から乗った三人連れの芸者置き屋の女将と若い芸者と見習いが乗ってきて、乗客の退屈しのぎに歌ってくれ、ムツキも興奮してワンワン吠え出し大いに盛り上がった。特に芸者見習いのオトシ(一五,六歳)はムツキをかわいがりそのやさしい匂いに懐かしさを感じ隣で腹を伏せた。女将はノミがいるムツキを嫌がるが、オトシはムツキに櫛を通し、ノミを潰し弟の虱をつぶしたことを懐かしく思い出した。
見習の少年は自分より先にムツキにご飯をやりムツキをなでながら、初々しくなまめかしくもあるオトシをまぶしい思いでぬすみ見た。
大阪を出て丸五日、船旅で最後のムツキの食事には飯の上に干物が乗せ「おまえがいてくれて、おもしろかった」「帰りもこの船に乗れると、ええんけどな」と無理なのを承知でいってみた。

第八章 金毘羅 五月十九日
丸亀港に上陸。ムツキは久しぶりの大地にはしゃぎ、オトシにじゃれついた。女将も「こんぴら狗連れてお参りは話の種になる」と叱ったりしなかった。

茶屋でもこんぴら狗のムツキを皆が珍しがり、若い女のゴゼ(盲目の三味線弾き)も杖をたよりにムツキに近づきなでて、オトシがノミをとった話をすると「よかったな、ノミはかゆいけん、たかっても、とれんのに」と言われ言葉を失う。女将はオトシに「人はみんな、それぞれの運命のもとに生まれとるんや。な」と言った。
オトシは父に売られた。が、貧しく兄妹も多く、女将は厳しくともお行儀、お三味線、踊りも教わり、きれいな着物も着れて、久しぶりの休みに金毘羅さんにまで来れてかわいい犬まで一緒にいる。この一瞬を幸せといわずなんと言おう。と着物の裾をからげ、ムツキとはしゃぐオトシを今度も女将は叱らなかった。

三人は杖を買い、けわしい石段・一之坂を細い雨が降るなか登る。お守り札所でこんぴら狗を連れてきたと伝えると、年老いた僧が足を引きずって出てきて、首の木札をあらため頭をなでてやりムツキの銭袋の「初穂料」と「病治癒の祈願」の汚れた表書きの紙を出し、オトシたちはこの犬が代参に出されたわけを知った。お札は油紙と白い布で何重にも包みムツキの首にくくりつけられ「さ、お参りしてきなさい、無事にもどるんよ」僧に言われ、女たちは札所を後にした。

やがて二天門をくぐり、小さな橋をわたると目の前には険しい石段が壁のように立ちはだかった。
三人はゆっくりと登り出し、ムツキは勢いをつけないと登れそうもない急勾配を集中して登った。ハーハーと胸の高まりが、すべてはここへ来るためだったのだと教えるような気がした。
静かな雨に洗われ御本社はいいようのない荘厳な空気につつまれ、あの世とこの世の境目にういているような厳かな空気に包まれて三人は深く頭をたれ、長く祈った。

オトシは女将に言われていたように、自分たちのお客である瀬戸内の海を走る船と船乗りたち、旅人たちのために祈った。
淡い思いを抱いた水主見習いの少年が二度と会わずとも立派な船乗りになれますように、願いが届きますようにと祈った。
両親と弟、妹の幸せを祈った。早く一人前の芸妓になって家族を助けますと、神様に約束した。
三人でムツキにもお参りするように押さえつけ、異国ほども遠い江戸から主人の願いをせおってきた犬のけなげさと、犬を代参で出すほど重い病気なのか?と思った。オトシはムツキと神様に聞こえるように声に出して願った。
「神さま、この犬の願いを聞いたってください。きっとこの子の大切な人です。その人の病気が、一日も早くなおりますように…それから犬が無事、江戸にもどれお札を主へ届けられますように。帰り道の無事をお願いいたします。この犬を、どうぞ、どうぞ、お守りください」

第九章 もどりの旅 五月二十日
帰りの金毘羅船で三人は瑜伽山蓮台寺への両参りで降りた。オトシはムツキを連れて行きたいと言い張ったが、女将が「寄り道さしたらあかん」と言われ、オトシは涙ながらムツキを抱きしめ「無事に江戸にもどるんやで」と銭袋に選別を入れてやった。ムツキは船に取り残されて半狂乱になり暴れ、遠ぼえをくりかえした。

オトシと別れしばらくふさぎこんだが、陸地が近づく四日目になるとソワソワしだした。江戸に帰る老夫婦に預けられたが、すぐに人込みではぐれてしまい、京に登る船着き場で足を止めていると酔っぱらいの若い男・健太に声をかけられ、ムツキにだけふかし芋を買ってよこし、ひと眠りしたあと京行きの船に乗った。
船の中でムツキは伏見の女の隣に落ち着き、京橋につくと腹がへったという健太の言葉を耳にして「犬にどす」とにぎりめしをくれた。ムツキは今まであった中で一番足の早い健太に走るようについて行き、琵琶湖を見ながら犬にもらったにぎりめしを分け合い、大の字になり昼寝した。

雨が降り出し守山宿の木賃宿にとびこむと「犬は裏の古い鶏小屋」と言われ、今まで一番環境の悪く夜半には雷が近くの街道に落ち、ムツキは半狂乱になり暴れ小屋から逃げ出した。朝になり当てもなく歩き見つけたお供えの餅に近づくと、真っ白い雌犬に取られ二匹はとっくみあい山をかけあがった。

第十章 村送り 六月四日
ムツキは白い犬を世話する村人・五平に見つけられ、村の名主に持ち込まれた。
名主は「こんぴら狗がここまで来て代参をほうりだすのを、許したら我々の恥」と村送り(村から村へ継ぎ送りし、国もとへ届ける仕組み)をしようとなった。
ムツキにしたら七日間共にいたシロと引き離され、村から村へ連れて行かれ、エサはあたってもなれ親しむ人間もなく心は満たされず、無理矢理激しく揺れる駕籠に入れられ、スキをみてわき腹の毛がずるりとこすりとれるほどの勢いで逃げ出した。

すっかり人間不信になり、ムツキは道ばたで腹の傷をなめ、眠りに落ちたころ、江戸小網町の油問屋の女将・奥川澄江がムツキに気づき饅頭で餌付けし一緒に行く事にした。
澄江は目の不自由な幼い息子の宗朗と伴の善七と三人のお伊勢参りの帰りだった。
最初はスネた様子のムツキも焼きはまぐりの味や、聞き覚えのある旅籠の女中の声と光景、足を洗う桶の水ではしゃぐ宗朗を見てムツキの心はこの子と一緒にいようと決めた。宗朗はムツキを「茶々丸」と呼びかわいがり離れようとせず、何度も呼ばれるので、自分は「茶々丸」だと悟り、宗朗はこの子だと覚え、呼ばれたらすぐそばに行くようになった。

第十一章 最後の道連れ 六月十七日
宗朗はムツキがいなくならないかと気になって仕方がない。ムツキがトンボを追いかけ渡し船を何本も見送ることもあった。
舟を待つ間、老人が「うちのせがれも目が見えないが、なんもこまるこたぁねぇぞ」と大口をあけて笑った。澄江は自分がここまで開きなおることができるだろうか、と思った。
善七はムツキに綱をつけることを提案し、澄江は宗朗が引き倒されないか心配するが、宗朗は喜びムツキも案外素直にしたがった。そして前より着実に歩けるようになった。宗朗は行きは馬で越えた難所を、帰りは自分の足で歩きムツキとハァハァとあえぎながら峠をこすのを楽しんでるようだった。
澄江はこの旅で何かが少し変わったと感じ、これまで目が見えない宗朗をかばいすぎた、宗朗の力を信じてやればよいと無意識に抱き始めていた。

帰りの関所で役人が「いつぞやここを通った犬ではないか?」と話し、澄江はこの犬がたしかにこの関所を通り金毘羅さんに行ってきたのを思うといじらしさがこみ上げた。
関所を抜け、けわしい下りは馬で小田原に向かう事にした。しんとした山の深さに澄江は嫌な予感がした。馬子が「馬の草鞋をとりかえる」と降ろされると、突然親子の賊が小芝居をしながら現れ、金を出せと宗朗を奪われた。

ムツキは全身の毛を逆立て牙をむきだしで吠えたて、善七が澄江から財布を取り遠くにほおり投げた、が父親が盗み足りず善七に短刀を突き出した。その時ムツキは宙を飛び男の腿に食いついた。宗朗が絶叫しながらムツキを呼ぶ声に我に返り賊は逃げて行った。澄江は涙をぬぐい、ムツキの口元の血をふいてやった。

七月六日の朝、旅の最後の日に澄江は感傷的になった。宗朗の目を見えるようにしてくださいとの祈りが通じるかは見当がつかない。しかしご利益といえるのかもしれないのは、反対されて出たこの旅で、宗朗が成長し陽気になった。それまであらゆる物事からかばって育て、逆にかわいそうな事をしていたと気づき、まだ間に合う…犬を飼ってやろうと思った。
品川宿をすぎたあたりから、ムツキは落ち着かなくなり澄江は宗朗をなだめムツキを解き放ってやった

第十二章 江戸へ 七月六日
ご隠居の息子・文衛門はご隠居が消息をたったころから三日とあけず郁香堂をたずね「嫌な予感がしてならない」と口に出すようになった。そうこうするうち土山の寺からご隠居を葬った知らせがきた。弥生はご隠居の死とムツキの消息に胸が押しつぶされ、後悔で自分自身を責めた。
しかし弥生は快方に向かい、ご隠居やムツキの事で気持ちは滅入っても体は元気を取り戻していた。ある日の往診で弥生は完治したと診断され亜矢は涙をこぼして喜んだ。弥生が久しぶりに台所に立った時、耳をすました。ムツキが大声でほえながらかけてきて裸足で外に飛び出した弥生の足元にすべりこんだ。

郁香堂はこんぴら狗が帰ってきたと人垣ができ、そこへ澄江がムツキが無事に着いたか訪ねてきた。
弥生はムツキを抱きかかえうれし涙を流し、傷だらけの細い脚やご隠居さんの事、澄江達の他にムツキと苦楽を共にした見知らぬ人々にかすかに嫉妬した。
澄江は「茶々丸を宗朗に…」と思ったが弥生と幸せそうなムツキの表情を見て口が裂けても言えないと思う、宗朗も同じで「茶々丸、お姉ちゃんのとこ、帰って来て、よかったね」と大粒の涙を流して言った。
弥生は宗朗にこれからも遊びに来てと言い、帰って行く澄江達をムツキにたすきで綱をつけ宗朗だけに持たせた。弥生はムツキの見た事のない落ち着いた歩きぶりに驚き、澄江は宗朗が盲目と思えないような歩く姿に思わず手で口をおおった。

文政八年(一八二五年)秋
弥生は幸吉の子を身ごもっていた。手代の幸吉を入り婿にし、二人に継がせるのだ。
弥生は赤ん坊が生まれたら、宗朗が遊び相手になってくれることを期待していた。半年前、ムツキの子犬を宗朗にとどけ「茶々丸」と名付けたらしい。
ムツキは金毘羅参りをはたしてから、少し年を取ったように見えたが町内の人にも「こんぴら狗」と大切にされた。
亜矢は弥生が元気に妊娠までしたのはムツキのおかげと座敷にあげようとしたが、慣れ親しんだ土間が好きだった。
子犬のころのようにじゃれつかなくなったが、弥生はムツキを母になるやさしいにおいを含みたっぷりなでながらおしゃべりをした。ムツキは過去のことは覚えていない。犬はいつも、今を生きている。
ムツキは眠り込むと体をけいれんさせ、前足をかき、後ろ足もけりだした。どこかを走っている。きっと夢を見ているんだわ、と弥生は思う。夢のなかでは、ムツキもあざやかに思い出す。あそこまで行くんだ・・・そう思った瞬間を。
  

『こんぴら狗』の読書感想文書き方例文2例とポイント


 
第64回 青少年読書感想文全国コンクールより
用紙・字数:小学校高学年の部(5、6年生)本文 本文1,200字以内
趣 旨:
より深く読書し、読書の感動を文章に表現することをとおして、豊かな人間性や考える力を育む。更に、自分の考えを正しい日本語で表現する力を養う。
原稿用紙を使用し、縦書きで自筆してください。原稿用紙の大きさ、字詰に規定はありません。

※句読点はそれぞれ1字に数えます。改行のための空白か所は字数として数えます。
※題名、学校名、氏名は字数に数えません。

応募のルールについての詳細はこちら⇒ 「青少年読書感想文全国コンクール応募要項」
  

『こんぴら狗』の読書感想文のポイント
     
    ・当時の旅行へのあこがれ
    ・当時旅行が命がけだったこと
    ・人々の情と信仰心のあつさの理由
    ・人と犬の関係

  
下記の『こんぴら狗』の読書感想文はこれらのポイントを意識して書かれたものです。もちろん感想文を書くのは小学生ですから、素直に日頃思う犬への愛情と本書への感想を合わせて書くのが小学生らしいと言えるかもしれません。
  

「こんぴら狗」感想1・・・人々の情と信仰心のあつさの理由(1246文字)

「こんぴら狗」という犬の事はこの物語を読んで初めて知りました。珍しい「こんぴら狗」を当時はみんな知っている風習ということにも驚きました、
「こんぴら狗」は香川県の金毘羅参りを人間の代わりにお参り(代参)させる犬の事です。
江戸時代、唯一許された旅行はお伊勢参りや金毘羅参りなどの神社への参拝です。東京から金毘羅さんのある香川県までは往復340里(約1340km)とあまりに遠い道のりで、旅行は庶民の憧れでしたが盗賊や嵐に出くわしたりと命がけの事で、よほど思いきらないと金毘羅参りはできないものだったと思われます。「自分は行けないけど、どうしても叶えたい願いがある人」が犬に代参させるのが「こんぴら狗」なのです。

もちろん犬にも危険な旅です。途中で死ぬことも覚悟しなければいけないのです。
ムツキを「こんぴら狗」にしたご隠居はまだ50代半ばなのにあっという間に病気で死んでしまい、地元の住職は死んだご隠居をちっとも大切に扱わず、ムツキを苦難に追いこまれてしまいます。
「こんぴら狗」がたどり着けるか?帰って来れるかもわからない、それでも代参させるのは当時の人々の暮らしの不自由さや、あきらめなければいけない事が多かったからです。それは貧困や病気、障害だったり、どうにもならない事が当たり前にある暮らしの中、人々は懸命に生き、神様にお祈りして少しでも救われたいと願う思いが信仰心を強くしていたのでした。

だからこそ当時の人は「こんぴら狗」を応援し、出会う人も自分の願いを託したのは、犬の飼い主の願いの深さに共感出来たからだと思います。
詐欺師である偽薬売り孫市は死にそうなムツキを見捨てられず看病し、世話になった少年が自分より父と祖母の幸せを願うのを知り、ムツキを思いやりながら金毘羅船までしっかり送り届け商売を辞めることにします。
弥生と同じ年頃の芸妓見習いオトシは父親に売られた身でありながら、自分を幸福と思い、人々や家族の幸せ、ここまで来たムツキと飼い主の苦しみを思い「神さま、この犬の願いを聞いたってください」と涙を流します。
帰り道でムツキと出会った澄江はムツキのおかげで盲目の幼い息子・宗朗を守るだけじゃなく、彼の可能性を信じようと生き方を前進する事を決めます。

女将がオトシに言った「人はみんな、それぞれの運命のもとに生まれとるんや。な」との言葉はとても胸に刺さると共に、出会った事もないムツキの飼い主弥生の幸福まで願うオトシの優しさに深く感動しました。
「こんぴら狗」の風習が成立していたのは人々の心が今よりずっと大らかで、他人に情け深く、心はノビノビと生きやすかったからのような気がしました。

便利な現代では世界中どこにでも旅行できても「こんぴら狗」はムリなのかもしれません。
犬は人の気持ちを理解して寄り添ってくれる動物だから、障害のある人に寄り添うなど、犬の能力は社会にますます求められています。
当時の人々が自分の事同様に人の幸福を祈れたように、自分もそんな優しさを持てるようになりたいと思いました。

「こんぴら狗」感想2・・・今を生きることとは(1241文字)

「こんぴら狗」という本当にあった不思議な風習では、自分の飼い犬を何百キロも知らない人と旅をさせてお参りをさせに行かせるという物語です。
今の時代はペットの犬を買い物でスーパーの前で紐でつないで待たせておくことも良くないとされています。なぜならば一匹で待たされ、知らない人と触れ合うのは犬には大変な恐怖だからです。
現代では当然考えられない「こんぴら狗」の風習を知っても怒る気になれないのは、金毘羅参りまでさせる人々の切ない心情も分からなくもないからです。

ムツキの飼い主・弥生は原因不明の病気になり床にふせてしまいます。すでに三人の子供を亡くした両親は弥生だけは助けたく、神にもすがる思いです。
金毘羅参りに行かせるのはご隠居のアイデアで、飼い主の弥生は本心では望まないのですが、両親もムツキに淡い期待を持ち旅立たせることにします。
そう思うのは、当時の人は信仰心は深くても神様の力だけを前面にアテにしていた訳じゃないと思うからです。

ムツキを連れ出したご隠居はまだ50歳半ばくらいで、雨に当たったことで風邪をこじらせて亡くなりました。寿命も短い時代とは言え、あまりの命の儚さに現代では信じられない事です。ですがご隠居は「人生に悔いがない」とこれまでの家業や跡継ぎも育て責任をはたしたことに「人生をやりきった」と実感していました。
当時の人々は、人生とは死や不幸は当たり前に隣り合わせにという意識が強いように感じ、だからこそ人生でできる限りの事をやり、少しでも何か良くなるかもしれない「こんぴら狗」という願掛けを行ったのではと考えました。

金毘羅船で一緒だった女将はオトシに「人はみんな、それぞれの運命のもとに生まれとるんや。な」と言いました。物語には病気になって打つ手もなく死んでしまう盛三郎やご隠居、目が見えない事を受け入れゴゼという生き方を頑張る女、母親が病気で死に笑わなくなった父と祖父の幸せを祈る息子、貧しく芸妓に売られても今の幸せに感謝し、人々の幸福を祈る見習い芸妓。みんなそれぞれの悲しい運命を受け入れ、懸命に生き、解決できない問題を恨むのではなく受け入れながら共に生きています。苦しみを知るからこそ人のために祈ることが出来るのです。

盲目の息子宗朗の母、澄江は息子への愛しさやその不憫さから「(盲目である息子を)開きなおることが出来るだろうか?」と思います。ですが宗朗がムツキと出会い、少したくましく明るくなり自立の可能性を見出します。盲目の世界に閉じ込め、ひ弱にしていたのは自分だったと気づき、このことがご利益だったのだと思うのです。

当時の人の信仰心とは「運命を受け入れるから応援してください」という新たな生きる道を見つけて行く為の決意のようなモノで、自分を奮い立たせるための決意だったように思います。
これだけの大冒険をしたムツキは過去のことはなにもおぼえていません。犬はいつも、今を生きているからです。人間も今を一生懸命生きる事で早く幸せにたどり着けるんじゃないかなと思いました。

一般的な『こんぴら狗』の感想

・ムツキが無事に帰って来れて一安心。ムツキを抱きしめたくなった
・ムツキが意地悪な人に出会わないか、辛い目に合わないかハラハラしながら読みました。
・ご隠居との早々の別れがつらかった。昔は風邪をこじらせると、すぐ致命的なものになってしまうので恐ろしい。
・当時の人々にとって旅がどんなに困難で大きな経験だったかを描く。
・ムツキの犬目線の描写は、犬好きならずとも目に浮かびほほえましくいじらしい。
・ムツキに関わる様々な身分職業の人々の心情や生活感や人々の情と信仰心のあつさ、生きることの懸命さにも気づかされる。
・ムツキと旅の途中で出会った人々はムツキに願いを託し、当時の人々の生活の様子などを感じ取ってもらえれば良い。
・江戸時代の旅の過酷さがよく伝わってきました。
  

「第64回 青少年読書感想文全国コンクール」小学校高学年の課題図書3冊

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