【キネマの神様】あらすじ(ネタバレ)と感想文・映画と小説の違い



映画「キネマの神様」

『キネマの神様』は、映画を愛する人たちに巻き起こる奇跡を描いた浜田マハさん原作の小説です。
当初、主演予定だったのは、新型コロナウイルスによる肺炎で、この世を去った志村けんさんです。志村けんさんの訃報に世間は大ショックを受け、当時朝ドラにも出演していた最中でしたので本格的な役社業を開始する直前だっただけに、誰もが悔しさと悲しみに陥りました。
この作品は誰にとっても、この世の中の激変と悲劇に感慨深くなる、特別な映画です。

「キネマの神様」あらすじ

 ギャンブル狂いのゴウ(沢田研二)は、妻の淑子(宮本信子)や家族にもすでに見捨てられていた。そんな彼が唯一愛してやまないのが映画で、なじみの名画座の館主テラシン(小林稔侍)とゴウはかつて共に映画の撮影所で同じ釜の飯を食った仲だった。若き日のゴウ(菅田将暉)とテラシン(野田洋次郎)は、名監督やスター俳優を身近に見ながら青春を送っていた。

映画「キネマの神様」
公開日:2021年8月6日(金)
出演:沢田研二、菅田将暉、永野芽郁、野田洋次郎、北川景子、寺島しのぶ、小林稔侍、宮本信子、リリー・フランキー、志尊淳、前田旺志郎
監督:山田洋次
脚本:山田あかね
原作:原田マハ

こちらでは
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映画「キネマの神様」のキャスト
「キネマの神様」原作小説のあらすじ・ネタバレ
「キネマの神様」映画と小説の違い
「キネマの神様」読書感想文・感想

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映画「キネマの神様」のキャスト


志村けんさんの代役は盟友沢田研二さん。監督の山田洋次さんもら、ちょうど1年経ったこの日、山田監督は志村さんに思いを馳せました。

映画「キネマの神様」のキャスト…人物紹介は原作の内容です
円山郷直: 沢田研二 ・(青年時代)菅田将暉
通称「ゴウ」。物語の開始時点では79歳、禿頭が目立つ風貌で、心臓手術の後はつえを付いている。能天気でギャンブル好きなため多額の借金で家族に迷惑を掛けている。かつてはセールスマンであったが夜逃げと自己破産を繰り返しマンション管理人の職に落ち付いている。趣味は映画鑑賞でその影響で歩にも影響を与えている。

円山淑子::宮本信子・(青年時代)永野芽郁
ゴウの妻であり、歩の母親。夫に手を焼きながらも長年連れ添ってきた、ゴウを支えているのは妻の淑子でマンションの管理人の仕事もほぼ淑子がこなしている。

寺林新太郎:小林稔侍/(青年時代)野田洋次郎
通称「テラシン」。ゴウ行きつけのキネマ映画館『テアトル銀幕』の館主。ゴウとは長年の親友でゴウのだらしない性格を知りつつも長年親友としてやってきた。

円山歩:寺島しのぶ
ゴウの娘。物語の開始時点では39歳。都市開発の仕事携わり、課長まで昇進をしたものの。社内抗争に巻き込まれて退職を余儀なくされる。父の世話に手を焼いていたが、父の思わぬいたずらによって、自分の運命が変わっていくことへとなる。
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高峰好子
映画雑誌『映友』を出版している映友社の編集長で取締役。祖父の代から続いている会社を受け継いでいるものの、雑誌の売れ行きに悩んでいる。

高峰興太 (たかみね こうた)
好子の一人息子で通称「ばるたん」。29歳の引きこもり『映友』のブログを開設し、ゴウの投稿に目をつけ歩を雇い、ゴウに映画評論の書き込みをさせることを提案する。

新村 穣
映友社の編集者で35歳。軽率な性格で初対面の歩に対して罵声をあげたりするも、決して悪い人物でもなくその性格が父親のゴウやテラシンとそりが合いすぐに仲良くなる。誰が相手でも自分の態度を変えない。

江藤
映友社の経理。毒舌家
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柳沢清音
歩の前職の歩を慕う後輩。色彩兼備な財界の大物令嬢でアメリカ人男性と結婚しミネソタに引っ越す。

ローズ・バッド
ゴウの映画評論を的確な反論をしてくる謎の人物。アメリカ人である事以外は謎

バーブ馬場
有名な映画評論家。

映画オリジナルキャスト—————————————
円山郷直:(青年時代)菅田将暉

円山淑子:(青年時代)永野芽郁

寺林新太郎:(青年時代)野田洋次郎

水川:志尊淳
テラジンの映画館のイマドキ風アルバイト。

桂園子:北川景子
昭和の大女優。映画製作の現場でゴウとテラジンも働く

勇太:前田旺志郎
歩の息子。内気な性格だがゴウの「キネマの神様」を現代版に書き換え脚本賞に応募しようと提案。

出水宏:リリー・フランキー
ゴウが師匠と仰ぐ映画監督

【配役不明キャスト】
松尾貴史
広岡由里子
北川雅康
原田泰造
片桐はいり
迫田孝也
近藤公園
豊原江里佳
渋谷天笑
渋川清彦
松野太紀
曽我廼家寛太郎
~~だれがどのキャストかは未発表です。

監督:山田洋次
・男はつらいよシリーズ
・幸福の黄色いハンカチ
・キネマの天地
・学校
・ダウンタウン・ヒーローズ
・息子
・虹をつかむ男
・たそがれ清兵衛
・隠し剣 鬼の爪
・武士の一分
・母べえ
・おとうと
・小さいおうち
・母と暮せば
・家族はつらいよ

脚本:山田洋次
   朝原雄三
・男はつらいよ お帰り 寅さん(2020年)- 山田洋次との共同脚本
・キネマの神様- 山田洋次との共同脚本

主題歌:RADWIMPS feat.菅田将暉「うたかた歌」

配給:松竹

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「キネマの神様」原作のあらすじ・ネタバレ

円山歩は17年間務め社内で女性初の再開発企業・課長だったが、社内からの嫉妬であらぬ噂を立てられ、自分のプロジェクトも外され左遷を言いつけられます。唯一慕ってくれた部下、柳沢清音のような子もいるものの歩は40手前で好きなように生きてみようと退職した当日に父の入院とおまけに多額の借金が発覚します。
苦労人の母には「大企業に勤める自慢の娘」なので言い出せず、父親ゴウは、趣味はギャンブルと映画鑑賞。昔から放浪癖と借金を母と歩が返してきましたが無職の歩にはもう無理だ。
映画好きの父はマイペースで友達のテラシンが経営する映画館「テアトル銀幕」で今何をやってるか調べてくれ、と言われ電話してみると、テラジンから父の若い時の思い出話になり「ゴウちゃんは、映画館にはキネマの神様がいるって信じているんだ。早くゴウちゃんが帰ってくるよう、キネマの神様に祈っているからね」と自分にした借金も「いまどき気持ちいいほどの無責任さが好き…この世に映画がある限り映画館を続けていく」と話す。
歩も『この世に映画がある限り・・・』というフレーズでレポートに書いたことや、父に「好きなことなら、どんなに辛くても乗り越えられる」との影響か?結婚せず仕事だけに生き、今もアテもないのになぜか何とかなると思っている自分は父に似ていると思った。
だがうっかり何が上映作を聞き忘れ、名画座「テアトル銀幕」に行くと「ニュー・シネマパラダイス」が上映されていた。父は「映画は思いっきり泣き笑いするもので、付き合うならそういう素のオマエを見ても驚かない彼氏でなきゃ、付き合う意味ない」と言われたのを思い出し、父が座る真ん中の席で映画を見た父の姿を思い、涙が流れた。
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母に退職したので父の借金を肩代わりできないと「多重債務者家族の相談会」に連れて行き「健全な趣味を持たせ、自分で払わせる」と習い、母はアタシがしてきたことは何だったんだとやるせない声を出した。
退院したゴウは早速こづかいをせびり映画に行ってしまい、歩は管理人日誌に父が昔書いた「ニューシネマパラダイス」への感動と愛情ある文章を読み、触発され大学時代、映画評論を学んだのもありチラシの裏に歩の感想を書き連ね日誌挟んでしまいました。
後日、父に借金を自分で返すようギャンブルを禁じると、家出してネットカフェで映画を見るゴウは映画好きサイトがあるのを知り、歩の文章を映画サイトに投稿すると、そのサイト映画雑誌「映友社」の高峰社長が歩に「専属ライター」の誘いの連絡が来ます。
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映友社はかつては隆盛を誇る映画配給会社だったが、現在は社員4人の零細企業で、隔月間の映画雑誌「映友」で細々生き延びていて、持ち出しであと1年が限界の状況でした。
社長の高峰好子は先代の父を引き継ぎ社長になったが夫にバイヤーを任せてから業績が悪化。両親が相次いで他界。夫を外すと鬱になり自殺し息子は不登校になり、破産直前に大手配給会社・逢宝映画に買収され、現在雑誌だけ守死の状態。ほかの社員はその中で社長は歩に賭けたのでは?との話でした。
父の世代は『映友』は名画ぞろいの凄い会社と大喜びしたが、歩は自分を雇って大丈夫なのか?と思いつつ特別企画のアイデア出しを命じられる。社員の新村は小バカにしたような言い方をしてきたり、試写会で映画評論家バーブ馬場にどやされたり、製作の人に怒られたり散々だった。が、試写に来ていた元後輩・柳沢とも会えてシネコンプロジェクトがうまく行ってないことや、アメリカ人の恋人と親の反対を押し切り結婚退職渡米すると言う。そしていつか一緒に一番好きな映画を映画館で観ようと、別れた。
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社長高峰から映友社のブログは引きこもりの息子・興太と新村が立ち上げたもので「ゴウが投降した文章に食いついたのは興太なので一度会ってほしい」と言われ、3人は「ブログリニューアルチーム」にされたが、興太が良いと言った文章は、ゴウが書いた「歩の文章を掲載したい紹介文」のことだった。興太は新ブログ企画を「キネマの神様」というゴウの連載にしたいと言う。
ゴウのダメ親父ぷりに気の乗らない歩は高峰に断ると、ゴウが電話をしてきて自分のダメさ加減を告白し、ギャラを歩の給料に上乗せしてやって欲しいと言ってきたと聞き寛大な高峰に涙ぐむ。テラジンからも電話で「ゴウちゃん、書いてみたくなったとネットカフェに籠っている、信じてあげなさいよ」と教えてくれた。
ゴウの原稿で興太が作ったテストページ、サイト名「キネマの神様」ハンドルネーム「ゴウ」が、キネマの神様に映画鑑賞の報告をするという形で進んでいく…報告映画その1は、『フィールド・オブ・ドリームス』
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3か月ぶりにアメリカの柳沢からメールが来て「キネマの神様」の英語版を出しませんか?と提案された。
高峰は二の足を踏んだが英語版「キネマの神様」は日本版の10倍ものPV数を叩き出します。検索数が上がれば広告収入も見込めると聞き高峰は喜んだがゴウの文章い緊張感がなくなり、それ以上の数字にらずあと一歩何か必要だった。
そんな時、英語版にゴウを挑発するようなコメントを寄せる人物が現れます。彼のハンドルネームは、「ローズ・バット」
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ローズ・バットの挑戦にサイトは大いに盛り上がりますが、歩はゴウが映画好きのただの老人だから挑戦を受けさせたくないというと、新村は「父親を卑下している、傷つきたくないのはアンタだろ?」と歩の核心を突かれます。
母のグチも「父さんが管理人の仕事しない」に変わったが、オードリーヘップバーンの映画について書いて!と楽しそうで、テラジンは「ゴウちゃんは根っからの勝負師」と別の角度で心配された。
歩が映友社に入って1年。ゴウvsとローズ・バットの評論バトルは人気を博し雑誌完売、テレビやあのバーブ馬場にも紹介され業績はうなぎ登りで、紹介された映画はDVDが全部貸し出しされてるほどだった。
ローズ・バットはゴウをおちょくりつつ導いている感じに「熟練した物書き」と確信が深まり、ゴウの文章術も進歩して今では『あいつ』呼ばわりする戦友のようだがその正体を探ろうはしない、80歳でブログルールを理解していた。
ある日高峰から、ゴウにこれまでの謝礼やローズ・パットに専属契約を申し出たい件や遭宝映画が『キネマの神様』のスポンサーを1億で申し出てきたという。それには2年後オープンのシネコン宣伝に連動させる条件付きだった。
この話は歩の方が慎重になりゴウにも謝礼を受けるか?聞こうとテラシンと3人で飲んだ席で「テアトル銀幕を近所に建つシネコンに負ける前に閉めたい」と言いだし2人はショックを受ける。
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歩は元の会社の後輩にから老舗の映画館の営業補償は何も考えいない「シネコン企画立案者の歩が近隣の影響とか言い出すのは矛盾している」に言い返せなかった。
ゴウはブログを書かなくなり、ファンの期待やローズから心配する文が寄せられた。ゴウはその返事にローズの存在がゴウと周りの人々の人生を変えた事。真の映画人としてテア銀が危機を乗り越えられる助言が欲しいと書きブログにアップされた。すると読者からの反響がすさまじく「テアトル銀幕を閉鎖しないで」「シネコンこそ閉鎖しろ」と炎上騒ぎとなります。ところがそこから肝心のローズ・バットからの音沙汰はありませんでした。
『キネマの神様』はいったん閉鎖となり歩はブログ公開を後悔したが、新村は「テア銀閉鎖を食い止めたかったのはあんただろ?」とまた見抜かれます。
テラシンも「もう、十分」「あんたの両親はあったかい、あんたもだよ」と告げられ涙がにじんだ。

高峰はブログをアップした興太に激怒し、夫が死んだとき同様に泣くことしかできなかったと言う。だが興太は「ローズからの手紙を待っててやって」とあきらめておらず、ゴウ推薦の映画は観に行く息子の変化に感激し、歩も泣きながらローズの返事を願った。

1週間後アメリカの柳沢から「全世界で人気のゲスト番組にローズ・バットが出演する」とネットライブを見るよう連絡が入ります。
ローズ・バットの正体は、リチャード・キャバネルという伝説の超大物映画評論家で、自ら正体を明かし番組出演した理由は、ゴウの手紙への返信でもありました。
近年、何度も繰り返し映画館で観たくなる映画は減り、人々の足が映画館に向かなくなったことを嘆き、日本の「メイガザ(名画座)」を紹介し、シネマコンと名画座の共存を訴えます。「ゴウ。君に、テアトル銀幕に、神の御加護を」。
YouTubeでも配信されたこの番組のおかげで、世界中から応援メッセージが入りテア銀は存続することに…ゴウはローズに感謝の手紙を書き「キネマの神様はきっといる、友よ。本当に。ありがとう」と手紙を書きました。
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2年がたった。
テラ銀は世界的に有名な映画館になり、ファンクラブやバーブ馬場シネコンの後輩まで指南を受けに来るようになった。高峰は映画ファンの言論の自由を守るため、すべてのスポンサーの申し出を断ったのでボーナスは出せないとの言葉に新村も目を潤ませていた。この会社とみんなが大好きだと歩は思った。

しばらくしてから2人の応酬が復活し友情も深まったが、秋が深まる頃ローズの書き込みが途絶えた。そしてすべての映画評論を休載するとニュースが入ります。
心配するゴウは「貴君は元気だろうか? 小生が力になれることはないだろうか? 貴君の無事を、キネマの神様に祈っています」するとローズが「最後の願い事」の手紙を書いてきました。
「実は1年前からがんの告知を受け、ヤケになりあちこちの映画ブログを撃沈させてきて、そのうち「キネマの神様」に行きついた事。ゴウのこともやっつけつるつもりでいたので天罰が下った。でも最後に人生最良の映画を教えるから会いに来れないか?」との手紙でした。
ゴウは事務所に来て「会いに行かせて欲しい」と涙し会社もその手配に動き出しいよいよアメリカに行く前日に柳沢からローズの訃報を知らされます。

「トップランナーとして孤独だった人生の最後にゴウという友人を得て、どれだけうれしかったか。映画評論を何も知らない単純なゴウの評価をからかうのがおかしかったのに、その評論にあるゴウの人間性に惹きつけられたこと。ゴウは作品の日の当たる部分を評価し、ローズは暗部を取り上げるのが手法だったが、ゴウに出会い自分がまっすぐに映画に向き合おうとしなかったと人生最後に気が付いた。初めて映画評論を書いた気持ち、映画がただ好きな気持。それを共有できて本当によかった。ゴウ、君に出会えて、ほんとうによかった。ありがとう…追伸・私の人生最良の映画は、君がそうだと思っている、あの映画だ。」
父はローズの最後の手紙に「キネマの神様、あいつを連れて行かないで」とうめきながら泣いた。

失業しトボトボ一人で歩いた道を、今は桜を見ながら「テア銀」に向かい両親と並んで歩いている。ゴウは元気を失くしブログの更新も途絶えたが、高峰が「もう一度映画を見る日がくるわよ」とそっとしておいた。
「人生最良の映画ベスト1」上映会という父を元気づける目的でテラジンが開催してくれ、今日がその特別上映の日に会社のみんなも先に来ていた。
劇場にはアメリカから柳沢も駆けつけ歩との再会を喜び、仲たがいしていた父親をつれて来ていた。スゥキリ髪を切った興太も来ていた。
真ん中の席はゴウの特等席とテラシンが空けてくれ、母は父の隣の席は「友達の席だから」と1つ飛ばして座った。
上映の最初スクリーンに「この映画を、円山郷直とリチャード・キャバネルに捧ぐ」と現れ、満員の劇場からあたたかい拍手でうめつくされた。

聞き覚えのある、ヴァイオリンの調べ。心に染みわたる、ピアノの音色。シチリアの海の風景。テーブルの上に盛られた黄色いレモン。潮風の吹き渡る、おだやかな窓辺。
「なぁ、観てるか? ローズ・バット。おれの、おれたちの、いちばん好きな映画。いま、始まったぞ」
父は今年81歳。死ぬまで観ると言っている。誰もが、そう信じている。

「キネマの神様」映画と小説の違い



「キネマの神様」は映画と小説とでは、だいぶ設定が違います。また主要登場人物以外にも多数の俳優が登場するのが山田洋次作品の特徴です。


監督の山田洋二氏は・・・

昔の松竹の大船撮影所近辺には似たような食堂がいくつもあったようで、山田監督は「かつての食堂での会話は映画に関する議論や、意見が熱く交わされていました。若者たちが熱心に芸を語り合う時代であった気がします。僕らが今思い返しても、この時代の日本は元気だったなと。そういう時代の青春を今描くことがこの映画の大きな狙いだったんです」と、本作に込めた思いを明かす。

「ふな喜」は、若き日の山田監督も通った「松尾食堂」がモデルとなり、本作の撮影では山田監督が当時食堂で働いていた方と再会を果たし、思い出を振り返ることでゴウたちが夢を語り合うシーンの構想が練られたそう。今は無き温かな場所を再現し、希望を抱く若者を描くことで、今を生きる人々への“エール”も込められている。

原作でゴウは「映画とギャンブル好きのダメおやじ」ですが、映画では「映画人(監督・脚本家)を目指したギャンブル好きのダメおやじ」妻の淑子は「グチりながらもゴウを見切れない妻」→「映画人のゴウを愛したかつては情熱的な妻」になると思われます。
(青春時代)キャストと映画オリジナルキャストがいることで、若い時に映画人として夢を追っていたゴウが何らかの理由で夢をあきらめた青春時代の回顧録シーンにわりと尺を取っていると思われます。
ダメオヤジ化していたものを何らかのきっかけで、昔書いた脚本を映画オリジナルキャストの孫がコンクールに応募して映画化されてウレシーという作品ぽく感じます。そうなると娘の歩やキーパーソンのローズ・パットがそんなに活躍しない?と予想されどのような立ち位置の演出になるのかは不明です。

おそらく山田洋次監督自身も「ニューシネマパラダイス」をリスペクトして「こんな作品撮りたい」思いがあったのかもしれまえん。「ニューシネマパラダイス」は日本では1989年公開でもう30年以上前の作品ですから、「キネマの神様」は和風「ニューシネマパラダイス風味」かな?と予想しています。
  

小説「キネマの神様」読書感想文・感想

一言でいうと「Thaノスタルジック」という感じがするのが本作「キネマの神様」です。
小説出版が2008年と13年前ですが、当時ブログって流行ってたっけ?ともはや思い出せない時代の移り変わりを感じあす。
小説ではゴウはなんの取り柄もない単なる映画好きのおじいさんですが、映画愛にかけては親友テラジンも認めるほどでそれが遠くアメリカの「映画評論の神様」ローズ・パットとの縁を結び、ストーリーテラーでもある娘・歩や周りの人々の運命も変えていきます。
「こんなに都合よく、世界的実力者と知り合えるかー!」とややご都合主義すぎる衒いがあるのが、浜田マハさんの作品の特徴ですが、古き良き時代への恋慕を温め続ける作品のテーマに作風はあっているのだと思います。

この当時で「観たくなる映画が減った」時代だったか?調べてみると「ダークナイト」「ミスト」「おくりびと」など大ヒット作も出ています。当時は作品のクオリティより「映画が高すぎる」「DVDでいい」という映画館へのこだわりが減った時代だったのかな?という気がします。
かといってかつて見てきた映画で印象に残った作品とは、ジャンルを問わず心の琴線に触れた作品になるのでしょう。
ゴウとローズ・パットが選んだ「人生最良の映画」とはまさに「ニューシネマパラダイス」のような映画人の映画愛を投影できる作品という事だったのでしょう。

だが確かに昨今の映画に魅力がなくなったのは根底にあるプロパガンダが、映画ファンを強引に寄り添わせようとしているのが透けて見えるためでしょう。ニューシネマパラダイスのように映画作品の方から視聴者の心にそっと寄り添う姿勢は感じ取れません。
そんな不安な社会で未来の映画に期待できるのかな?という感想を持ちました。
だがやはり「これは!」と感じられる作品は今でも映画館で観たいと思うのは、やはり映画館が特別な空間だからでしょう。視聴者のその経験と感動ですらドラマチックになり想い出となる作品が名画と呼ばれるのです。
名画座が持続するために、良き映画がこれからも作り出されること。映画「キネマの神様」もそんな作品になることを祈ります。


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