「りんごの木を植えて」読書感想文あらすじ・ネタバレ・感想文書き方の大ヒントと例文 


りんごの木を植えて
大谷 美和子 (著), 白石 ゆか (イラスト)
出版社 ‏ : ‎ ポプラ社 (2021/4/6)
発売日 ‏ : ‎ 2021/4/6
言語 ‏ : ‎ 日本語
単行本 ‏ : ‎ 191ページ
ISBN-10 ‏ : ‎ 4591169936
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4591169933

内容紹介:おじいちゃんと過ごした日々──それは、とっておきの時間。
みずほは小学五年生。二世帯住宅で暮らす大好きな祖父にがんの再発がわかった。しかし、祖父は「積極的な治療」はおこなわないという。なぜ? みずほはどうしても受け入れられない。
「『たとえ明日、世界が滅亡しようとも、今日わたしはりんごの木を植える』ということばを知ってるか?」祖父がみずほに語る。マルティン・ルターのことばだ。「明日世界がなくなるとわかってるのに、そんなむだなこと、なんでするの?」とみずほ。どうしても理解できない。
がんを身体にかかえながらも、大好きな絵を描き、庭仕事をして毎日をのびやかに暮らす祖父。そして祖父や家族と語り合う時間のなかで、みずほは「おじいちゃんの生き方」を見つめ……。「人間が生きること」そして「死ぬということ」を考える珠玉の物語。
全国学校図書館協議会による2021年の「第54回夏休みの本(緑陰図書)」にも選ばれました。

こちらでは
2022年の「第67回 青少年読書感想文全国コンクール」小学校高学年の部(5,6年生)の課題図書「りんごの木を植えて」の「あらすじ・ネタバレ」と読書感想文の書き方のの大ヒントと例文をご紹介いたします。

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『りんごの木を植えて』あらすじ・ネタバレ・こんな人にオススメ 
『りんごの木を植えて』読書感想文の書き方の大ヒント
『りんごの木を植えて』読書感想文・例文とみんなの感想

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『りんごの木を植えて』あらすじ・ネタバレ・こんな人にオススメ 

読みやすさ ★★★★☆
感想文の書きやすさ ★★★☆☆
こんな人にオススメ
・おじいちゃん、おばあちゃんがいる
・家族や親せきで亡くなった経験がいる
・病気や死についてがんがえることがある
・やりたいことや好きなことがみつからない

【りんごの木を植えて 登場人物】

みずほ
小学校5年生。うじうじするタイプで、習い事は続かないのを気にしている。おじいちゃんが一番の味方で理解者

おじいちゃん
79歳。5年前にガンが再発したが治療しないという。博識で規則正しい生活をし、スケッチの「さつき会」の代表をしたり、ボランティアをして充実した生活を心がけている。

兄・義人(よしと)
中2でサッカー部。義人なりにおじいちゃんを心配している。

お父さん
おじいちゃんと仲が良く、尊敬している

お母さん
ケアマネージャーで、終末期の高齢者の気持も知っている。二世帯住宅はお母さんの実家

おばあちゃん
おじいちゃんの心配と気持を組んであげたい思いに揺れ動いている。本来は活発な人。

神戸の林さん
おじいちゃんの中学時代からの親友。元美術教師で「さつき会」の講師もつとめている。

咲ちゃん
みずほの親友。活発な子で運動が好きで、あっけらかんとしているが思いやりがある。

宮崎先生
おじいちゃんの主治医。優しくて気さく。絵をやっていて、おじいちゃんともりあがる

あらすじ・ネタバレ


1 夏休み、いっしょごはん

3年前に二世帯住宅にしたお母さんの実家の2Fに住んでいるみずほ一家は、月の最初の土曜は1Fのおじいちゃんたちと「いっしょごはん」をする日。大好きなイベントだが、おばあちゃんの「みんな元気で…ずーっとつづいてくれるといいけど」のつぶやきが妙に気になった。
そういえばおじいちゃんが食欲がなかったし、昨日も今日も散歩に行ってない。お母さんは1Fに話を聞きに行ってお父さんと話し合いをしても、何も教えられない。みずほにとっておじいちゃん一番の味方で理解者だから落ち着かなかった。

2 夏の終わりに

プールから帰ると、おじいちゃんの親友で美術の先生だった林さんが来ていて楽しげにサラりと「意地張らずに、治療をな」と言うが、おじいちゃんは「その話は、もう…」という。おばあちゃんはため息をついた。

両親も“知っているほうが協力できる”と判断し、おじいちゃんの5年前の大腸ガンが、肺に転移したが、おじいちゃんは治療しないと言っている、と聞きみずほも兄の義人もショックを受けた。
おじいちゃんは、年齢・体力的にきびしい治療で、副作用でふつうの生活ができなくなることも嫌で、痛みを和らげる処置だけでいいという…それに積極的治療をしても治るかどうかもわからないとも。
お母さんは「がんこ」お父さんは「ぶれない、尊敬できる」と言う。
たしかにみずほが3年生の時、転校生と遊ぶ約束をすっぽかして「そんなことしてたら、信用されない人間になる。おじいちゃんはこのことを大事にしてきたんや。ゆずれん」ときつく怒られた。その転校生が今は親友の咲ちゃんだった。

夏休み最終日、義人が宿題中で追い出され、1Fに行くとおじいちゃんはみずほに絵のモデルをたのんだ。おじいちゃんのリクライニングチェアに座るみずほの服をほめ「服装はな、流行りはとりいれても、自分らしさをうしなったらあかんで」と言う。
出来上がった絵は「僕の絵は自分のために描いてるだけで、人にはあげへんことにしてるんや」と言う。今まで描いてきた絵はどうなっているのか?不思議だった。おじいちゃんは義人もおやつに呼び、2人でタイガースの話をして「調子がいいうちに行きたい」と義人は一人前あつかいみたいでちょっとおもしろくない。


3 柿の実が赤く熟し

2学期が始まり、林さんから阪神vs巨人戦チケットをもらえて本当に2人は行って、帰りはお父さんにむかえに来てもらって、ごきげんに帰って来た。人を当てにしないおじいちゃんが、お父さんにたよるのは“わずかな変化”だった。

おばあちゃんはおじいちゃんに“1日でも長生きしてもらいたい”けど、お母さんは介護職者として「介護される高齢者の気持」に「人の世話になり、迷惑をかけていて早く死にたい」「本当は家で死にたい、でもワガママだから、入院します」という人もいる。
みずほが「おじいちゃんが治療したくない理由」を聞くと、ひいおばあちゃんが好きな畑仕事も生活もできず、同じ病室の人に気がねしながら治らないのに“延命”治療しながら亡くなったから…という。
『ぼくはあんな終わり方したくない』『死は生きることの終わりやなくて、つづきや。これからもきみといっしょやで。だから、これからの毎日を大切におくりたいんや』という。『自分で時間をかけて考えて決めた』“おじいちゃんの気持を尊重したい”思いもあると、おばあちゃんは涙声になった。

翌朝はおばあちゃんと紅葉狩りに行くという。
みずほが両親が忙しいからどこにもいけなくてうらやましいというと、後日おじいちゃんがみずほをドライブに連れて行ってくれた。その時、みずほは思い切って病気のことを聞いてみた。でも「みんな心配してるし、長生きしてほしい」…思いを伝えると怒りや心配、涙が込み上げてきた。
「おおきに。でもな、今のおじいちゃんには、病院のベットで過ごすのはもったいない時間の過ごし方やねん」と、今のくらしを大切に、ふつうにつづけたいだけ、という。
おじいちゃんのいう毎日同じ、庭の手入れがうれしい?にみずほはピンとこなかった。
「人間もな、自分の持ち時間をていねいに生きることが大切やと思う。まわりの人といっしょにな。…自分がいなくなっても、その人たちの心の中に、いっしょに過ごした思い出が残るやろ。おじいちゃんもな、いろんな人が心の中で一緒に生きてるように思うんや。おじいちゃんも、みずほたちの心の中で生きたいな」
みずほは話を聞くのがつらくて、泣きそうになった。でもおじいちゃんは「生きるのが、楽しい」と思っている…。

おじいちゃんは道路わきの柿の木をみてひとりごとのように
「柿が時期が来て赤く熟し、種が土に落ちて、次の命につなげる」「生きることを投げ出したり、あきらめたりするつもりはないねん。時間やなく中身や。自分らしい生き方をして、柿の実がぽとりと落ちるように、自然にまかせて終わりたいんや」

『たとえあした、世界が滅亡しようともきょうわたしはりんごの木を植える』というを知らないか?
「あした世界がなくなるとわかってるのに、そんなムダなこと、なんでするの?」みずほは答えた。
「りんごの木を植えるのは未来への希望やろな。りんごが実るのを見ることができへんでも、新しいりんごの木を植えることが自分の役目だとしたら、それを淡々とすることやろな・・・希望を無くしたら、人間、生きるのが苦しいと思うで」
希望…みずほはそんなこと考えたことなかったし、おじいちゃんにとって、みずほや義人、お父さんお母さんが新しいりんごの木だという。

「命が終わっても、それで全部終わりやない、と思うで」おじいちゃんもいろんな人たちからの教えで、今のおじいちゃんがあり、おじいちゃんが死んでもみずほや、義人に命が受け継がれる。どんな人生をおくっていくやろ、と考えたら楽しくなる「それが希望や!」というがみずほはまだ、完全に理解できなくて、だまりこくってしまった。

みずほはおじいちゃんの散歩に週末だけ付き合うようになった。おじいちゃんは冬の枯れ木を「うつくしい」と言う。「きれいは見て思う、うつくしいは心で感じる…外からは見えへんけど、春に葉をしげらせるために命をつなぐ準備している」前よりおじいちゃんの背中も小さくなったと気付いた。

4 梅雨の晴れ間

お母さんはおじいちゃんに風邪をひかさないように、家族の手洗いうがいにうるさくなった。義人はネットで“おじいちゃんの生き方も選択の1つ”と知ったが、納得しきれてないみたいだった。
みずほは6年生になり、梅雨の頃、咲ちゃんの京都のおばあちゃんが亡くなり、みずほも胸がしめつけられた。

おじいちゃんも少しずつ元気がなくなり、病院には往診と、林さんには遊びに来てもらえるよう頼んだ。おじいちゃんも林さんが来ると張り切った。
「林さんはおもしろいこというて、みんなを楽しくさせるねん。わたしもそんなことできたらなぁ」「だいじょうぶ。京都のおじいちゃんは、家族といつも通りに暮らすだけでええねんって」「お医者さんが午前中だから、したいことができる。みずほちゃんのおじいちゃん前向きでかっこええ」とみずほは気が軽くことを言ってくれる、咲ちゃんはお姉さんになったと思った。

半月後、たまたま主治医の宮崎先生と会って、大柄で気さくで、絵を始めて数年だからおじいちゃんにアドバイスをもらいたいという。おじいちゃんも「先生の人柄を感じる」とやる気が出て、2人は絵を見せ合い、年の離れた友達のようで、その時のおじいちゃんは生き生きしていた。みずほもスケッチに同行したいとお願いしたがなかなか行けなかったが、それでも家の中から、おばあちゃんが「汚れたエプロン姿をスケッチされた」と言い、絵は描いてはいるみたいだった。


5 秋のスケッチ

二学期になり約束していたスケッチに連れて行ってもらうことになった。
オシャレなおじいちゃんはお気に入り茶色い靴を下ろし「この靴でみずほともどんどん出かけたいもんや」とうれしそうに靴をはいた。

ついたのは稲穂とヒガンバナが咲く山の棚田。
「描いているところを見られたくない」おじいちゃんから、少し離れたところからスマホで写真に撮っておばあちゃんに送った。出来上がった絵にはいないはずの人も描かれていて「見たとおり描くとはかぎらへんねんで」という。

帰りに林さんに連れて行ってもらったという〈森のなか〉という、ログハウスレストランにお茶をしに行った。
お店の人が、ほとんど自分で作ったというログハウスにみずほはおどろき、習い事を何でも投げ出す自分を恥じたが、「義人は自分のしたいことは、えんりょせずに夢中になる。みずほは、まだなにがしたいのか、はっきりきまってないんやな。人には早い遅いもある」という。

おじいちゃんもいろんなことに挑戦して、ボーイスカウトのリーダーをしたから、おばあちゃんと知り合ったとか、中学の担任の野上先生に憧れたけど、おじいちゃんはむいてないと会社員になった。でも先生から“きれいとうつくしいのちがい”を教わったり、おじいちゃんの大事な精神の部分を教わったという。
「あれこれやって失敗して、むくむかん、好きでもむかんなどもやってみないとわからんし、けっしてムダやなかった」会社の仕事はしんどくても一生懸命とりくんで、うまいこといったら、誰かの幸せにつながってると思えてやっているうちに好きになったという。

好きなこと、とりくんでみること、しんどくてもおもしろくなること。ばらばらなのに、つながりそうに思えた。

おじいちゃんとみずほは「また来たい」と喜び合いながら、おじいちゃんがしっかりと立ち上がるかを見守った。いつのころからか、みずほは自然とおじいちゃんを守ろうとしていた。それはさびしさと、いとしさが混ざった不思議なきもちだった。

6 晩秋のデュエット

〈森のなか〉にはもう行く機会はなかったし、運動会にも来れなかった。義人の「おじいちゃんはやっぱりしんどいんやな」に不安になった。

でも10月末にはすこし快復して、おばあちゃんと出かけたり林さんが遊びに来た。
その日、林さんはいつもより遅くまでいてくれて、自分の家のようにお茶や持ってきたお菓子をふるまってくれた。65年来の親友の二人はまるで中学生のようだった。ただ若々しい林さんと比べるとおじいちゃんが明らかに弱っているのがわかった。
「来年の4月ごろ、中学の同窓会をしようという話が出てるんや」と林さんが言う。2人の恩師・野上先生は97歳だけどしっかりしてて、林さんの他にも教え子がたずねに来ていそがしいらしいという。
「ぼくがさきに逝ったと知ったら怒りはるやろうな」
「そらそうや、怒りはるで、追い越し禁止や、生徒のぶんざいで、先生を追い抜くのは無礼や、いうてな」
明るく冗談めかして2人はしゃべっていたけど、ふたりは「うまいなぁ」「そうか、よかった」とだまってお茶とお菓子を食べた。

11月になると往診は毎週になり、義人は受験勉強にはげみ、みずほは午後はいつもおじいちゃんのところにいて、お父さんはおじいちゃんと将棋をしたり、お母さんも一緒にお茶をするようになった
春になればみずほは中学生、義人は高校生になる。おばあちゃんから入学祝いの希望を聞かれ、思いついたのは“家族での記念写真”だった。
おばあちゃんは元々そのつもりだったというと、おじいちゃんは「善は急げや。あすにでも…(11月25日の)僕の誕生日記念写真」ということで!と言い出したので、お父さんの友人のカメラマンにたのんで家に来てもらうことした。

誕生日の9日前、みんなちょっとおしゃれしたけど、おじいちゃんはジャケットがブカブカになっていた。
自然な表情の家族写真を撮ってもらったあと、おじいちゃんが「家内とツーショットでお願いします」とおばあちゃんのピアノ伴奏で二人でクリスマスキャロルをデュエットしていところを撮影してもらった。
あれからおじいちゃんは横になることが多かったが、出来上がった写真に「みんな、ええ顔してる」と満足した。


7 スイセンの季節に

訪問診療のその日はおじいちゃんの80歳の誕生日だった。
朝はおじいちゃんのひげそりの音は聞こえたが、学校から帰るとおじいちゃんはベットで寝ていて、お祝いができるかわからなかった。
おばあちゃんは「いつものように」と言い、おじいちゃんはレンタルしたばかりの車椅子に乗り「病人みたいやから、抵抗ある」と笑わせてくれたが、パジャマに濃紺のガウン姿だった。
お母さんがおじいちゃんの好きなスイセンの花束をプレゼントして、ごちそうとほんの少しとビールをひと口のんで「うまいなあ」としみじみ言い、みんなの会話をにこにこして聞いてた。林さんからもらったメロンは、義人から勧められてひと口だけ食べたが、そこまででおじいちゃんはしんどくなり寝室にもどった。

翌朝、ひげそりの音がしなかった。
おじいちゃんはベットで眠っていて、「行ってきます、おじいちゃん。待っててね」に朝は指先をひらひらふってくれた。でも夕方の「ただいま」には、目はあけても「おかえり」のことばもなく、すぐそのまま眠りつづけた。
夕食後、お母さんとおじいちゃんのベットの横にすわったが、9時にみずほが就寝ししばらくすると、お母さんからおじいちゃんがあぶないと起こされた。
家族全員ベットをとりかこみ、酸素マスクをしているおじいちゃんをみつめ、おばあちゃんは「よくお世話してくれたね、ありがとう」「耳は聞こえているのよ何か話しかけてあげて」にとまどったけど、お父さんにもうながされた。
「…ありがとう、おじいちゃん」それ以上は声にならなかった。
おじいちゃんは80年の生涯を閉じた。

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おじいちゃんが亡くなってひと月近くたった土日に、おじいちゃんの絵の個展をした。
林さんが伝えてくれたので、いろんな人が来て、絵を前に涙ぐんだり、しみじみと思い出話をした。
林さんは1つずつ絵を見て回りおじいちゃんのリクライニングチェアにいつものカーディガンがあるのを見て、小さく首をふった。そしてどこの川かわからない風景画に「琵琶湖やな。ふたりでよく言ったなあ」とおじいちゃんに話しかけるようつぶやいたりひとつだけ花びんにおばあちゃんが生けた花の絵には「この絵は奥さんへのラブレターやな」おばあちゃんは小さくうなずいた。
おばあちゃんは「(おじいちゃん)怒っているかしらね」林さんは「いや、てれくがってるやろう」そこへ宮崎先生がきて3人は初対面だけど、親しく話はじめた。

義人は塾に行く前に、大急ぎで入ってきて1枚の絵をじっと見つめてた。それはゲームに夢中になってる小学生の義人だった。
「甦るつて漢字は、更に生きるって書くんやでっておじいちゃんがいうてた」そう小声でいった義人に、みずほはハッとした。義人はみずほを見てかすかに笑みをうかべて出て行った。
みずほは、去年おじいちゃんの絵のモデルした時は今よりほんの少し子どもぽく、ややふっくらした姿。お父さんもお母さんも、それぞれおじいちゃんが自分をどのように見ていたのか改めて知って、立ちつくしていた。
その日の夜、咲ちゃんに電話したら翌朝一番できて、みずほの絵を見て「ええなぁ」とつぶやき、棚田と〈森のなか〉レストランの話もうんうんと、聞いてくれた。

翌日曜の朝、玄関におじいちゃんの茶色の靴がおいてあった。
おばあちゃんは「おじいちゃんがいなくなって寂しかったの。靴を出して見たらなんだかほっとするのよ」
みずほも「おじいちゃんがまたそばにいるみたいでうれしい」と言った。
義人がバタバタ出かけて行く姿に、フとおじいちゃんが笑ってる気がした。「ずっと置くつもりはない。おじいちゃんは心の中にいるから」と言うおばあちゃんの気持と同じで、みずほの心のなかにもおじいちゃんはいる気がした。

年が明け、スイセンが咲き終わった。みずほがおじいちゃんの植えた花の手入れをするというので、おばあちゃんは喜んだ。みずほはかっこよくピアノを弾いてたおばあちゃん教えてもらって、もう一度、ピアノに挑戦しようかなと思うと背筋が伸びた。庭に出て、あたたかい日差しに、体が軽くなっていくようだった。

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『りんごの木を植えて』読書感想文の書き方の大ヒント


【読書感想文の応募要項】
・高学年の部 本文 1200字以内
(作文用紙400字×3枚)

 

読書感想文コンクールの入賞した子は原稿用紙3枚1200字きっちりに書きます。起承転結でつづられるなら300文字ずつなどと目安をつけると書きやすくなります。
 

 読書感想文の書き方

    ・この本を選んだきっかけ
    ・簡単なあらすじ
    ・感想、疑問点など
    (特に面白かったところ、感情が動いたところ)
    ・自分の意見、似たような経験談
    ・本を読んでの意見
    (本を読んで学んだこと、自分の意見、今後の生活に生かしていく。など)

あらすじは簡単でもいいですが
・自分がどう感じたか?
・本を読んで何を感じ、今後にどう生かすか?
・「似たような経験」の自己開示 → 高得点ポイントです

青少年読書感想文全国コンクール審査基準
    ○ 応募規定にあっているか
    ○ 発達段階に応じた適切な本を選んでいるか
    ○ 読書のよろこび、楽しみが感じとれるか
    ○ 広い視野から作品を評価しているか 
    ○ 登場人物の心情や、作品の語っているものを的確にとらえているか
    ○ 著者の論旨を的確にとらえているか
    ○ 事実と著者の意見とを区別してとらえているか
    ○ 自分の意見・感想を率直に述べているか
    ○ 自分のことばで表現しているか
    ○ 発達段階に応じた考え方が表現されているか
    ○ 規定の文字数を十分に生かし、自己の思いを表現しているか
    ○ 読書によって得た自己の変革がみられるか
    ○ 規定の文字数を十分に生かし、自己の思いを表現しているか

 

~読書感想文書き方のコツ・ポイント~

○ 発達段階に応じた適切な本を選んでいるか
課題図書もしくは同等レベルの本を選びます。過去の学年に応じた課題図書もおすすめです。

○ 読書のよろこび、楽しみが感じとれるか
物語の内容への
・驚きや発見、感動など明るい感想
・みずほと同じ立場だった時の自分の気もちを比べる

○ 広い視野から作品を評価しているか
人の亡くなり方は千差万別です。
・「死に方」への何が正しくて、何が間違っているだけではなく、おじいさんの「生き方」についての感想
・自分が遺族だった時、どんな風に思うか

○ 登場人物の心情や、作品の語っているものを的確にとらえているか
・おじいちゃんの「命は終わってもそれで終わりではない」
・義人の甦り「更に生きる」とはどういう意味

○ 著者の論旨を的確にとらえているか
・この物語で著者が何を言いたいのか?を理解します。
ヒントは物語の「あとがき」と「りんごの木を植えて」を書いた動機がエッセイとして書かれています。

年月を重ねて行くうちに、大切な人がずいぶんこの世から去っていました。さほどさびしくないのは、ともに過ごしたことで、わたしの中で生きていて、今のわたしを形づくっているからです。
たくさんの方の生きかたから、背中をおされたり、なぐさめられたり…その後のわたしの心の中で生きつづけています。
そうしてわたしたちもまた、まわりのだれかの心の中で生きるのかもしれません。

大谷さんは子供の頃から死について考える子で、大人になりご主人を亡くし、お母さんの介護中に編集者のかたから「死は終わりではない、というテーマで書きませんか」と誘われました。
大谷さんのなかで出た答えが「だれかにつないでいく役目があるのかも」でした。それはドイツの神学者マルティン・ルターの「今日、わたしはりんごの木を植える」の言葉に導かれたようだと言います。

子どもが「死」を日常的に大人に尋ねたり、語ったりするのは、タブーだったのに「死」は起こります。
ですが大谷さんが子供時代から引きずってきたテーマが「生と死」で生きる意味と、死のあとも親しい人の中で生き続ける、ということを具現化したいと書き続けてきたといいます。

病気や治療方法などはそれぞれの考え方があり、これでなくてはならないとかは言えないと思います。
このお話のおじいちゃんは「日常をこれまでと同じように慈しんで生きていきる「生」の質を選びました。

最近は自宅で最期まで過ごすか、それとも病院や施設か?と話題にのぼることがあります。
この作品のおじいちゃんと家族は、自宅での最期を選びました。これがベストと言っているわけでは決してありません。実際わが家では夫が有料老人ホームで、母はグループホームでお世話になって亡くなりました。

「今」を生き生きと過ごせますように。

その他にも noteより【夏休みに読みたい本『りんごの木を植えて』】自作を語る~りんごの木を植えながら──大谷美和子にも本作への思いが語られていて、読書感想文を書く大ヒントになります。

○ 事実と著者の意見とを区別してとらえているか
・人の亡くなりかたの良し悪しを決めつけない

○ 自分の意見・感想を率直に述べているか
・正直にこの作品のおじいさんの死に方について、許せるか?死なせたくないか?
・おばあちゃんの「心配」と「気持の尊重」について、自分ならどうするか?
・義人、お母さん、お父さんたちが自分を描かれた絵を見てなぜ、言葉を失ったのか?
・「甦る」=「再び生きる」についてどう思うか
・親友との別れについて、どうおもうか?

○ 自分のことばで表現しているか
解説や感想サイトをパクらない

○ 発達段階に応じた考え方が表現されているか
・おじいちゃんが治療しないことで、家族の気持ちを考えてくれていない気もする

○ 規定の文字数を十分に生かし、自己の思いを表現しているか
・起承転結もしくは気転結
・感想文の中で自分の疑問と、本作から得た学びを書く

○ 読書によって得た自己の変革がみられるか
・「この読書から学んだ経験を生かして…」と感動と今後の抱負らしきものを書く
・自分にとっての“りんごの木”はなにか?

○ 規定の文字数を十分に生かし、自己の思いを表現しているか
文字数を計算して書く

『りんごの木を植えて』読書感想文・例文とみんなの感想


読書感想文・例文
 『たとえあした、世界が滅亡しようともきょうわたしはりんごの木を植える』そんな立派な人に自分はなれるだろうか?と思いました。誰かのために未来を作るのは究極の愛かもしれないと思うからです。
まだ10代のわたしは自分がどんな大人になるかわからないし、もちろん子孫もいなくて、自分の事で精一杯だからです。このおじいさんのような生き方が良いのか悪いのか?わからないからこそ、その理由を知りたくてこの本を手に取りました。
 この物語は小学生の孫娘みずほが、大好きなおじいちゃんが前向きに亡くなっていく姿を見て「命をつなぐ」ことが何かを学ぶ物語です。
おじいちゃんはガンの再発しても、ムリな治療で延命するだけになるより、自分らしく人生を楽しんで死にたいといいます。みずほたちは治療の先にわずかでも望みを願うから、みずほは生きようとしないおじいちゃんに怒りと悲しみを感じます。「どんな状態でも生きていてほしい」は家族のエゴなのか?ということになります。
 もちろん亡くなる人すべてが、おじいさんのように“いさぎよく”人生を終えようとは思わないのかもしれません。もしかしたら「永遠に生きたい」と思う人すらいて、りんごの木を植えるタイプじゃなくて、どのように死にたいか?に正解はないのだろうと思いました。
 そして最大の疑問はおじいちゃんは「死が怖くないのかな?」ということです。自分は「死が怖い」と思います。自分が消えてしまうから怖いのか?「十分に生きた」と思えないからまだ死にたくないのだと気が付きました。
漠然とですが感動したり、興奮したり、楽しい経験をたくさんしたい、でも何がそう感じさせるかわからないから「あれこれやって失敗して、むくむかん、好きでもむかんなどもやってみないとわからんし、けっしてムダやなかった」といろいろ挑戦するのが大切なのかもしれません。
おじいちゃんは美術の先生にはなれなかったし、英語も忘れたけど、意外と会社員が楽しかったし、ボーイスカウトでおばあちゃんと出会えました。そして絵画サークルで好きな絵は描き続け、お友達もたくさんできて、みんなに絵で気持ちを伝えています。『これからもきみといっしょやで』と。
この本を読んで思ったのは人生って、そのものが自分さがしの旅のようだと気が付いた事です。
今のわたしには、未来はとても遠く人生もはるかに長く感じます。悲しい事やつらい思いはしたくないけど、おじいちゃんは「ムダじゃない」と言いました。おじいちゃんが人生を一生懸命生きたから、みずほたちの人生がキラキラするように「希望」と言ったのかも、と思いました。
 立派な人間になれなくても、ていねいに、たのしく自分の人生を生きること自体、どこからか「どれどれ、やってるな」と思ってもらえるような気がしました。そして私に子供や孫ができるとしたら、その子たちが幸せを感じられる社会と前に進める勇気を伝えたい。それが「リンゴの木を植える」ことなのかも、と思いました。【文字数 1218字】

人は誰しも子供の頃、死んだらどうなるのか考えて眠れなくなったことがあるのではないでしょうか。大人になってからでも、生きることや死ぬことについて子供から聞かれたとき、どう説明すればよいか戸惑ってしまうことはよくあると思います。
この物語は、小学5年生のみずほと彼女を取り巻く家族や友人とのやりとりを通してそんな問いに優しく寄り添ってくれます。
大好きなのおじいちゃんが病気になり、高齢のため積極的な治療は行わないということがどうしても受け入れられないみずほ。それでも季節は移り時間は過ぎて行きます。ある時おじいちゃんは、マルティン・ルターの「たとえ明日、世界が滅亡しようとも、今日わたしはりんごの木を植える」と言うことばを通してみずほに死生観を語ります。「わかったような、わからない話だ」と思うみずほですが、おじいちゃんと一緒に過ごす時間の中で様々な考えに触れ、話をする中で少しずつ成長していきます。
おそらくみずほがその後の人生を通じて何度もおじいちゃんの言葉を思い出しその真意を理解していくように、この本も読み終えた後も心に残って折に触れて思い出す、そんな物語だと思います。【485文字】

とてもよかった。きれいと美しいは違う。美しいは、見栄えではなく生き方そのもの。
みずほも義人も、主人公みんなが穏やかで優しい。いいお話を読みました。小さな人たちにも読んで欲しい。【88文字】

死期を悟った祖父と孫の交流を軸に、生を問う一冊です。生を繋いでいくことについて、祖父と孫の会話をメインに、孫に理解させるように読者にも理解できるよう、出来るだけわかるように書いています。祖父が絵を描いたり、家族写真を撮ったりすることが、形として残していくことが命を繋ぐことの一つの比喩として読み取れます。 祖父の死は直接的には描かれず、自宅の空気、家族の気、から察せられるように書かれていて、自分の幼少期の祖父母の死と重ね合わせると、祖父の死が子ども目線で書かれていることに気付かされます。【245文字】

積極的な治療を無用とし、最期まで自宅で3世代6人の家族と過ごすという、現代の理想的な看取り方。おじいちゃんが治療を拒む理由や、死は決して怖いことではなく未来へ命を繋げることなのだとみずほに諭すシーンにページの多くを割いている。読者(子ども)が穏やかに自然にラストを受け入れるように描かれている。現代日本では、いざという時には救急車を呼び、本人の意に反して過剰な延命治療が行われ、ほとんどの人が理想の死を迎えることはできないという。命が尽きる時までりんごの木を植え続ける人になれたら、理想的。【245文字】 



読書感想文は正解があります
読書感想文は、まじめで真剣に本のテーマを考えている「とても正しい優等生な意見」が良い評価をもらえます。
「読書したうえでの学習効果が感じられるか?」と先生方は判断するからです。

第67回上位入賞者一覧
内閣総理大臣賞 <小学校高学年の部>
◆泉奏花 千葉県 国府台女子学院小学部5年
「人生をより豊かにするために」・・・「15歳の日本語上達法」(講談社)より 

文部科学大臣賞<小学校高学年の部>
◆北村優季 奈良県 近畿大付属小6年
「幸せに生きることと心の在り方」・・・「はてしない物語 上・下」(岩波書店)より

読書感想文の書き方がよくわからない人や、むずかしい本の時は、前年の課題図書の読書感想文全国コンクールの入賞作品を参考にすると書き方のコツが身につきます。

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